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仙台地方裁判所古川支部 昭和43年(ワ)65号 判決 1970年9月29日

原告

佐藤昭之助

被告

有限会社遠田合同タクシー

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(原告)

被告両名は各自、原告に対し、金二五〇万円およびこれに対する昭和四三年五月二日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

仮執行宣言。

(被告両名)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行免脱宣言。

第二、請求の原因および被告両名の主張に対する反論

(請求の原因)

一、昭和四二年九月六日午後五時二〇分頃、宮城県遠田郡田尻町蕪栗字上沢田五四番地先県道上において、西進中の被告小笠原文一運転にかかる被告有限会社遠田合同タクシー(以下被告会社と略称)保有の普通乗用車が進路前方道路左端に駐車中の自動車の右側を通過中、対向してきた原告運転にかかる自動二輪車と衝突した。そして、原告は転倒し、そのため加療約一一か月を要する頭椎損傷等の傷害を受け、両肩・首・頭等の疼痛が後遺症として残り、未だ全快の見通しがない。

二、前記事故は次に述べるように被告小笠原文一の過失により生じたものである。すなわち、右被告は、進路前方の道路左端に駐車中の普通貨物自動車の右側を通過するために、道路中央から右の部分にはみ出して進行したのであるが、現場はもともと見通しの悪いカーブしている場所であるうえに、前方に駐車車両があつてさらに見通しが効かないのであるから、道路交通法二八条三項に定める追越しの方法に準じて、自動車運転者としては、反対方向からの交通に充分注意し、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならず、そのためには道路右側部分に入る前に対向車の有無を確認し、対向車があるときは停車して避譲するか、又は最徐行し、かつ、警音器を鳴らして対向車に警告を与える業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と同一速度のまま道路右側部分を通過した過失により、原告と衝突直前になつてあわてて左にハンドルを切りながら急停車したが間に合わず、自車右前ドア付近を原告運転の自動二輪車に衝突させるに至つたものである。

以上のように、前記事故は被告小笠原文一の過失により生じたものであるから、同被告は不法行為者として、この事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三、被告会社は、前記の被告小笠原文一運転の車両を自己のために運行の用に供している者であり、本件事故はその運行中に生じたのであるから、運行供用者として、この事故により原告に生じた人身上の損害を賠償する義務がある。

四、本件事故により受傷した結果、原告には次のような損害が生じた。

(一) 医療費等七万一、九三三円

内訳 1 治療費四万三、七七三円

2 栄養費一万二、六〇〇円

3 コルセット五、〇〇〇円

4 通院のための自動車賃一万〇、五六〇円

(二) 逸失利益(休業補償)四六万八、〇〇〇円

原告は豆腐製造・小売を業とし、月額六万五、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により全く稼働できない状態になつている。そこで、原告が本件事故にあわなければ得たであろう収入を日額二、〇〇〇円として昭和四三年四月末までの日数二三四日分を計算すると、四六万八、〇〇〇円となる。

(三) 慰藉料一九六万〇、〇六七円

本件事故により、原告は未だ苦痛と後遺症に悩まされ、稼働の見込みがたたず、生活扶助を受けて生計をたてている現状であり、一家が悲惨な状況に陥つている。これら事情を考慮すると、原告の精神的損害を金銭に見積つた場合三〇〇万円とするのが相当であり、本訴においては、そのうち一九六万〇、〇六七円の支払を求めるものである。

(被告両名の主張に対する反論)

一、原告は事故当日飲酒していなかつたし、事故当時は時速三〇ないし三五キロメートルくらいの速度で進行していたのであるから、原告が当時時速六〇キロメートルくらいの速度で酩酊運転していたという被告両名の主張は事実に反する。また、被告両名は、被告小笠原文一が原告運転車両との衝突の危険を感じて急停車の措置をとつた旨主張するが、かかる事実もない。このことは、衝突地点が駐車両の前方約三メートルであつたことからも明らかである。

二、被告小笠原文一は、本件事故に対する刑事裁判(控訴審)で無罪になつてそれが確定したとはいえ、民事の裁判が刑事の裁判に拘束されるわけではないうえに、刑事と民事とでは判断が一致しなくともよいのであるから、刑事裁判で無罪になつたからといつて民事上の責任まで免がれるものではない。刑事判決は被告小笠原文一の弁解のみをとり上げて事実を誤認したものであり、これは次の事実をとり上げてみてもわかる。すなわち、刑事控訴審の判決においては、被告小笠原文一運転車両の右端と道路右端との間が一・八メートルあつたから、原告は衝突することなしにその間を通りぬけることが可能なはずであつた旨述べているが、実は、そこには「たばこ」の立看板があつて、その脚部が約一メートル路面に出ていたため、原告はそこを通りぬけることは不可能であつた。それなのに、刑事判決においてはこの点を看過し、本件事故を原告の一方的過失によるものと断定したという誤りを犯している。

三、仮に、刑事控訴審の判決がいうように、原告が被告小笠原文一運転車両の側を通過し得たとしても、そもそも本件衝突場所は原告の進路上であつて原告の通行区分帯であり、被告が原告の通行区分を犯していた際のことであるから、原告が優先通行するところであつたのだから、原告に過失のあるはずはない。被告小笠原文一においてこのように原告の通行区分に侵入するに当つては、警音器を吹鳴する義務があるというべきである。

第三、答弁および被告両名の主張

(答弁)

原告主張の日時、場所において、原告運転の自動二輪車と被告小笠原文一運転の普通乗用車が衝突したこと、被告会社が右の普通乗用車の運行供用者であり、その運行中に生じたものであること、以上の事実は認めるが、被告小笠原文一に原告主張のような過失があり、本件事故がその過失により生じたものであること、原告がその主張のような傷害を受けたこと、以上の事実は否認する。原告主張の損害額のうち、医療費等や休業補償については知らない。精神的損害については争う。

(被告両名の主張)

一、本件事故現場は、被告小笠原文一からみて右にカーブし、幅員五・七メートルの見通しの悪い道路で登り坂になつており、非舗装で凸凹のある場所である。被告小笠原文一は、進路前方に駐車していた車両の右側を徐行しながら通過にかかつたとき、原告運転の自動二輪車が対向してくるのを前方約三五メートル先に発見し、しかもそれが時速五〇ないし六〇キロメートルでハンドルをとられ、ふらふらしながら進行してきたので、危険を感じて一旦停車したが、原告運転の車両がそのまま進行してくるので、衝突を避けるため発進してハンドルを左に切つて左側に避けたが、原告の方で避け切れずについに衝突してしまつた。

被告小笠原文一は、以上のようにできる限りの安全な速度と方法で進行したものであつて、刑事判決に明らかなように警音器を吹鳴する義務はなかつたのであるから、これをしなかつたからといつて注意義務違反にはならず、従つて、被告小笠原文一について過失はないから、同被告について不法行為は成立しない。

二、このように、運転者たる被告小笠原文一が無過失である以上、被告会社および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたものというべく、また、事故当時被告小笠原文一が運転していた車両に構造上の欠陥も機能の障害もなかつたし、さらに、以下に述べるように、本件事故は被害者たる原告の過失により生じたものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称)三条但書の免責を受ける。

三、事故当時、被告小笠原文一運転車両の右端から道路右端まで幅一・八メートルの余裕があつたし、右被告と原告が相互に相手方を発見したときは相互の距離が三三メートル以上あつたから、原告が適切な運転措置を構じておれば、原告は衝突することなしに右被告運転車両の側を通過し得たはずなのである。ところが原告は、原告からみて下り坂になつているところの、見通しの悪い凸凹のある道路を時速五〇ないし六〇キロメートルでしかも酩酊運転していた過失により、右被告運転車両を発見しても適切な措置をとり得ず、あわてて急制動をかけたため後車輪をななめ横に向けてスリップさせ、そのため自車を右被告車両のドア付近に衝突させてしまつた。

このように、本件事故は原告の一方的過失により生じたものである。

四、以上のように、被告小笠原文一について不法行為が成立しないから同被告について不法行為を理由とする損害賠償義務はないし、また、被告会社については自賠法三条但書の免責事由があるので、やはり損害賠償義務はない。

五、仮に、被告両名に損害賠償義務があるとしても、原告主張の損害の大部分は本件事故と相当因果関係がないから、原告主張の損害額について賠償の義務はない。

第四、〔証拠関係略〕

理由

一、昭和四二年九月六日午後五時二〇分頃、宮城県遠田郡田尻町蕪栗字上沢田五四番地先県道上において、被告小笠原文一運転の普通乗用車が進路前方の道路左端に駐車中の普通貨物自動車の右側を通過中、対向してきた原告運転の自動二輪車と衝突したことは当事者間に争いがない。

そこでまず、右事故について同被告に過失があつたかどうか考えてみよう。

〔証拠略〕によると、本件事故について同被告が業務上過失傷害罪で訴追されたところ、古川簡易裁判所においては、本件事故現場においては運転者には警音器を吹鳴し、かつ徐行しながら駐車両の側を通過する義務があるのに、被告はこれを怠つて漫然と進行したという過失があるとして有罪の判決があつたが、仙台高等裁判所においては、本件現場において運転者に右のような義務はなく、従つて、同被告に注意義務違反の事実はないのであり、本件事故は被害者側の一方的過失によつて生じたものであるとして無罪の判決があり、それが確定したこと、以上の事実が認められる。

被告両名は、このように刑事事件において無罪判決が確定したことをもつて、被告小笠原文一に過失がなかつたことを示す重要な証左であると主張し、原告はこれに対して刑事における判断と民事における判断とが同一である必要はないとして、右被告についてはやはり刑事の第一審判決に示されたと同様の過失があるという主張を主体としてこれを維持しているので、この点について触れてみる。

過失により他人に傷害の結果を生ぜしめた場合には、刑事上の責任たる刑罰と民事上の責任たる損害賠償の義務を負担することになるのであるが、刑罰と損害賠償とでは、前者が結果に対する社会的制裁であり、後者が損害負担の公平な分配をきめるものであることでその目的が異なつておるし、また、刑事裁判においては合理的に疑いのない程度の心証によつて事実認定をするうえに、訴因として示された事実に拘束されるのに対し、民事裁判においては証拠の優劣によつて事実認定をするうえに、過失の内容については当事者の主張に拘束されないという相違がある。そのため、刑事裁判においては認定されなかつた過失が、民事裁判においては認定されるということがあり得る。しかしながら、このことによつて、刑事上の過失と民事上の過失とが別個のもので質的に異なるものであるということにはならない。過失としては刑事上にせよ民事上にせよ同一であつて、それが認定されるかされないかの相違があるにすぎない。従つて、本件事故現場において被告小笠原文一が何らかの注意義務を負担すべきものであるとすれば、それは刑事上においても民事上においても同一なのであつて、民事上の関係ではかかる注意義務を有するけれども刑事上においてはこれがないということは本来あり得ないものである。ところが、前述したように、刑事裁判においては訴因に拘束されるためにこれに記載されていない注意義務を認定することは許されないから、本来負担すべき注意義務と別個のものが訴因に記載されていた場合には、訴因に記載された注意義務はないという判断をするのみで終つてしまうし、また、刑事裁判では厳格な証明が要求されるために注意義務怠の事実を認定し得ない場合があるということから、刑事裁判で認定されなかつた過失が民事裁判では認定され得るのである。

そこで、本件においてかかる現象が起こり得るかを考えてみるに同被告に対する刑事裁判においては、同被告が負担すべき注意義務として、訴因に徐行義務と警音器吹鳴義務が掲げられていたが、かかる注意義務はないとして無罪になつたものであること前述のとおりである。道路交通法四二条、五四条によれば、同被告にかかる注意義務のないことは明らかであるが、本件現場における運転者に課せられた注意義務が右の二点につきるものではなく、本件においては道路交通法一七条四項三号によつて同被告運転車両が道路右側部分にはみ出して進行したのであるから、同法七〇条の安全運転義務が課せられるというべきである。従つて、右義務に違反していたことが本件事故発生の原因をなしておれば、たとえ刑事裁判で無罪になつたとしても、過失責任を免れることはできないわけである(原告は、本件の場合に道路交通法一七条四項四号が準用されるから同号所定の注意義務がある旨主張するが、同号は同一方向に、進行中の他の車両を追い越す場合を厳格に制限した規定であつて、停車中の他の車両の側を通過する場合とは自ら内容が異なるものであるから、これが準用されるべきものではない。)。ところが、〔証拠略〕によると、事故発生地点付近の道路は、同被告からみて右の方にゆるやかにカーブを描いて登り坂になつているため、約四〇ないし七〇メートルくらいしか見通しがきかずそのため、同被告が進路前方約一六メートルの道路左端に駐車中の普通貨物自動車の右わきを通過しようとして道路中央部へ進出してきた際には、同所から見通し可能な前方四〇ないし七〇メートルの範囲内には原告運転車両を発見し得なかつたのであるから、対向車両の存在を認識し、または認識し得たのにあえて道路右側部分を通行しようとしたという事情は認められないし、前記駐車両の右わきを通過するため、道路右側部分を通行した際の速度は時速三〇キロメートルであつて、不測の事態が生じた場合には臨機の措置をとり得る速度であつたし、現に、駐車両の右わき付近にさしかかつて前方四五メートルくらいに原告車両を発見した後は急停車の措置をとりながら同時に可能な限り左側へ避譲したことが認められるから、同被告について安全運転義務違反の事実もなかつたものと認められる。〔証拠略〕中、右認定に反する部分は措信できない。

結局、同被告について過失が認められないから、不法行為を理由に同被告に賠償を求める原告の請求は、その余の事項について判断するまでもなく理由がないこととなる。

二、次に、被告会社が本件加害車両を自己のために運行の用に供する者であつて、本件事故が右運行中に生じたものであることは当事者間に争いがないので、被告会社について自賠法三条但書にいう免責事由があるか否かについて判断する。

(一)  被告会社は、被告小笠原文一に過失がなかつたことをもつて、運行に関し注意を怠らなかつたことにあたると主張する。運転者たる被告小笠原文一に道路交通法所定の注意義務違反がなかつたことは前認定のとおりである。ところで、取締法規を遵守したことが必ずしも無過失だつたとはいえないと一般に解されているし、自賠法三条但書にいう「注意を怠らなかつた」ということが過失のなかつたことと同義でないことはその条文の記載からも明らかであつて、これが無過失よりも広い概念であることが一般論としてはいえるかもしれない。しかし、注意義務を法的義務としてとらえる以上、それは一般的な義務であることは当然であるし、道路交通法は危険発生の予想される一般的な場合を想定して運転者の注意義務を細目にわたつて定め、かつ、同法七〇条において総括的、一般的な規定を設けてこれを補つている以上、道路交通法に定められた注意義務を遵守したことが認められれば、原則として運行に関し注意を怠らなかつたものと認められるのであり、ただ法に定められた注意義務を遵守していても、事故発生が予想されるような事態が生じていて運転者としてかかる事態を認識していたか認識し得べきであつたという特段の事情があつた場合に、事故発生を防止する措置をとつたか否かが附加して考慮されるにすぎない。ところが本件においては、前述のように運転者たる被告小笠原文一において、原告運転車両を発見してその運転状態からみて危険を感じた際に、停車の措置をとりながらできる限りの避譲をしたのであつて、同被告が道路右側部分にはみ出る際にこれを認識していたものでも認識し得べきでもなかつたから、結局、本件現場においては運転者たる被告小笠原文一は運行に関し注意を怠らなかつたものということができる。

(二)  被告会社車両に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは原告において明らかに争わない。

(三)  最後に、原告の過失の存否について判断するに、〔証拠略〕中、原告が事故にあう前に飲酒したとか、事故当時原告がかなりの高速で運転していたとかの部分は措信できず、ほかに、事故当時原告が酩酊運転していたとか、時速五〇ないし六〇キロメートルの高速で進行していたという被告会社主張事実を認めるに足る証拠はない。しかし、〔証拠略〕によると、本件事故現場は原告からみて下り坂になつているところの舗装されない道路で、砂利があつて凸凹が多いため二輪車はよろけやすい状況であつたこと、原告は自動二輪車の後部荷台に豆腐、こんにやく、油掲げを入れた木箱を積んで事故現場に向つて時速約三〇キロメートルの速度で坂を下つて進行していたが、被告小笠原文一が原告を発見して危険を感じた時点において、原告は未だ同被告運転車両に気付いておらず、更に接近してからこれに気付いて急制動を二回かけたところ、後車輪が道路中央にはみ出るような形で斜めによろけながらスリップし、自車右前部を右被告運転車両の右前部ドア付近に衝突させたものであることが認められる。これは、原告の意図したとおりに自動二輪車が停止できなかつたものであり、原告において、前方をよく注視していて右被告運転車両にもつと早く気付き、そのうえでハンドルとブレーキの操作を確実にしていたならば、仮にスリップの状態があつたとしても衝突することなしに済むことができたものと認められるから、原告においてはかかる道路を進行するにあたつては、道路交通法七〇条により、凸凹のためよろけるのを防ぐため適宜減速し、また、下り坂による加速を防止するためブレーキをかけるか、又はいつでもかけられる状態で進行すべき義務があるのに、これを怠つたという注意義務違反があり、これが本件衝突の原因となつたものということができる。従つて、本件事故に関しては原告に過失のあつたことが認められる。

結局、被告会社については自賠法三条但書にいう免責事由のあることが認められるから、これをもつて被告会社に賠償責任がないとする同被告の主張は理由がある。そうすると、その余の原告主張事実について判断するまでもなく、被告会社に対し運行供用者としての損害賠償を求める原告の請求もまた棄却を免れない。

三、以上の理由により、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 太田実 斎藤清実 平良木登規男)

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